七つの海を渡って

落ち込むことがあっても、前向きにエネルギッシュに生きていきたいものです。そして、それを世の中の多くの人たちに伝播していければ…そんな思いを込めて。

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動物愛護法改正から見える、日本のアンバランス


今年(2012年)の7月と8月に大きな地震が来るそうです。
残念ながら、私の住んでいる関東圏はどうにもその影響を免れることはできないそうです。
と、あるスピリチュアルな方が言っていました。

しかし、この予言的な話題は今やあちこちからあがっています。

要するに、311で宇宙が日本人に変容を求めるシグナルを出したのに、日本人は変わらなかった。なので、次回はシグナルをもっと大きくする、ということのようです。
つまり揺れなり被害なりが大きくなる災害になってしまうという解釈のようです。

先日、私の知人が「つくばで起こった竜巻も日本人が変わらなかったことに対する警告だと思う」と言っていました。

ここに来て、公私共に人々の思考に対して疑問を感じる出来事、ニュースが頻発しています。

福島はちっとも落ち着いていないし、相変わらず4号機は次に大きな地震がきたら、どうなるかわからない。(現場で働く作業員の方々のおかげで今の私たちがあるのです。)4号機に何かあったら、福島どころか、東京も避難区域になるといってるその最中、福井の大飯原発の再稼働を強行する動き、311の災害に便乗して消費税率をあげて一般市民から搾取しようとする政治家や官僚。減らない天下り。今のこの時期に給与を上げるという東電。

さらに今日知ったこのニュース。
動物愛護法改正案で動物実験に関する項目がごっそりスルーされたそうです。

日本人は命の大切さを忘れてしまったかのように、弱いものを守る法案を片っ端から骨抜きにしています。
そして、311からほんの1年しか経っていない今、この勢いは衰えるどころか、むしろ加速しているようにも思えるのです。

だから大天災が起こるっていう話につながるわけ?それって極端なんじゃないの?

という声もあるでしょう。

そうかもしれませんね。でも、この宇宙はみんな繋がっているのです。弱肉強食は自然界の理ですが、今、私たちが行っていることは、自然界のルールからすれば、違法者です。自然に対する思いやりや配慮が足りなさすぎるのではないでしょうか。



動物愛護法改正で「欧州並み」規制なるか
http://medical-confidential.com/confidential/2012/06/post-410.html

濃霧垂れ込める「動物愛護管理法」改正の帰着点
http://medical-confidential.com/confidential/2011/09/post-291.html


<動物愛護団体 ALIVE より>

 既に報道もされている通り、5月31日の民主党動物愛護対策ワーキングチームで、最終的な動物愛護法改正案骨子が公開され、その場で了承となりました。

結論として、与党案には実験動物に係わる改正は一切含まれませんでした。
別法化案についても採用されないかわりに、動物実験の3Rの義務化も含めた全てが入らないことになりました。

この信じがたい展開の経緯については、本日発売の「AERA」6.11号に「削除された『幻の改正案』~医師出身議員らが動物愛護法改正に抵抗」
という記事が出ましたので、皆様、是非ごらんください。

一連の顛末について、非常に正確に書かれた秀逸な記事だと思います。
「AERA」のサイトの「Nice!ボタン」で記事に対する評価を表明することができるので、皆様、ぜひワンクリックをお願いします。
http://www.aera-net.jp/latest/

また、多くのマスメディアが無視を決め込むこの問題について、記事を掲載した「AERA」の姿勢を支持する意見も是非お送りください。
http://www.aera-net.jp/latest/#form

ちなみに、この記事で紹介されている医系議員の発言の数々です。

「正気の沙汰とは思えない。国家戦略を阻害し、雇用も減る。
テロリストが施設の構造などの情報を手にすれば大変なことになる。」
(吉田統彦衆院議員)

「実験動物の関係者からは、懸念が出ている。別法で対処して
ほしいという声も理解してくれないか」
(岡本充功衆院議員)

「『動物実験』と『実験動物』とを明確に分けることはできない。
実験が止まってしまう。」
(足立信也衆院議員)

また、動物愛護法改正については、医師などを中心とした病院経営者向けの月刊誌『集中』でもとりあげられました。
医師の世界でも、潮流が変わっていくことを願ってやみません。

「動物愛護法改正で『欧州並み』規制なるか」(6月1日発売号)
http://medical-confidential.com/confidential/2012/06/post-410.html

動物愛護法改正案は、今週、WTの親会である環境部門会議での合意を経たのち、政策調査会役員会の了承を経て法案登録の手続きに入ります。
また、条文化をすすめながら与野党協議にも入っていくとのことです。

実験動物については、国会会期末をにらんたスケジュールにも押された形となりましたが、与党内の「抵抗勢力」が強かったことが
「改正一切なし」となった何よりの原因です。

動物実験/実験動物をめぐる国際情勢を考えたときにも、「一切改正なし」とすることが先進国としてどれだけ恥ずかしいか、
ぜひ皆様からも伝えてください。

【民主党】

櫻井 充
医師 党政調会長代理(参議院・宮城県)
Mail:mitsuru_sakurai@sangiin.go.jp
Fax:03-6551-0512

三井辨雄
薬剤師 党政調会長代理(衆議院・北海道2区)
Mail(送信フォーム):https://secure.vanguard.ne.jp/mitsui/ssl/contact.html
Fax:03-3508-3705

吉田統彦
医師 科学技術・イノベーション推進特別委員会理事(衆議院・比例東海ブロック)
Mail:info@yoshitsune-kai.jp
Fax:03-3508-3425

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映画『フード・インク』を観て

2010年にアカデミー賞のドキュメンタリー部門にノミネートされたというこの映画、同年に同じくノミネートされた『ザ・コーヴ』がオスカーを受賞し、これが日本のイルカ漁の隠された部分を撮影していたために日本のメディアがこぞって話題にした。それゆえ、この映画は少し陰になっていたかもしれない。

実際に観てみて、導入部分から引き込まれた。台本が素晴らしい。作品として、とてもよく出来ている。
話の構成がしっかりしているし、相当な映像を撮影し、エネルギーを費やしたのだろう。
自国アメリカのことをきちんと見据えた秀作だった。

私たちの食卓にのぼる食品たちは、一体どういう経路をたどって来るのだろう……。そんな素朴な疑問が、ロバート・ケナー監督がこのドキュメンタリー映画を作るきっかけだったという。
そして、実際に撮影を始めてみて、監督本人もそれまで知らなかった事実を次々と知ることになる。
そこには、不衛生、不健康な状態でまるでモノのように扱われる家畜たち、不衛生な環境に閉じ込められているから抗生物質の混じった餌を与えられる。それを取材しようとしたら、農家は契約している大手食品メーカーの許可がないと中は見せられないという。

ハンバーガーとポテトはジャンクフードの代表だが、アメリカではハンバーガーは99セントで買えても、ブロッコリー1房が1ドル以上する。家族を養うのに、素材があまりにも高すぎる。それゆえ安いジャンクフードに頼ってしまうと言う家族。4人家族のこの一家の父親は糖尿病、下の子供は糖尿病予備軍。今やアメリカでは7人に1人が糖尿病なのだそうだ。(比率はもっと高かったかも)

すさまじかったのは、GMO(遺伝子組み換え)が特許をとることによりモノポリー化し、GMOに反対する農家を次々と攻撃していくところだ。GMOはとうもろこしや大豆で行われているが、今や、アメリカのとうもろこしや大豆の9割以上がGMOとなっているそうだ。こうなると、GMOじゃない土地で耕作していても、GMOの種が風にのって自分の耕地をこないようにするのは非常に難しい。

例えば、有機農業をしている農地の隣の農家がGMO作物を育てていたら、有機農業の土地にGMOがくっつきやすくなる。しかし、くっついてしまったら、もうその農作物は「有機」認定から外されてしまうのだ。有機の土を作るのには何年もかかる。農家が何年もかけてやっと作った土を、いとも簡単にGMOに犯されてしまうのだ。

モンサントという企業がこの作物モノポリーの超本人だが、この映画を観ていて、どうしても、日本の電力会社が「原発は絶対安心だ」といって、やりたい放題していた姿とオーバーラップする。これも、東電をはじめとする日本の電力会社がモノポリーだからできたことだ。

もうとにかく、モンサントはアメリカの農水省のような部門にも力を持ち、法律だって自分達の都合の良いように変えもする。訴訟社会のアメリカでお金の力に物言ってやりたい放題だ。こうなると、個人の農家がどれだけ大企業相手に闘っても、所詮結果は見えている。

でも、それでも、この映画では、明るい希望は捨てないで、と訴える。
消費者が賢くなること、これが唯一かつ強力な解決策だと。
消費者が自分達の買いたいものを主張する。訴える。あきらめないで声をあげる。企業は消費者をみて商品を作るから、その声が大きくなればなる程聞き入れられるようになる。

命を尊重した食品づくりをしているメーカー(生産者)のものを選ぶ。
地産地消できるものを買う。
できるだけ自分でも農作物を作る。
安全なものを食べたいと消費者が声を上げる。
できるだけ食事は家庭で作って、家族で一緒に食べる。

など、いくつか、私たちにできることが映画の最後に出てきます。

とにかく見所満載で、私たちが知っておくべきことばかりな情報が詰まっている『フード・インク』。
人間はここまで傲慢になってしまったのかと思わされるシーンがたくさんあります。
思わず目を背けたくなるシーンもあります。
でも、これは私たち全体の責任です。

ぜひ、ひとりでも多くの人に観てもらいたい映画です。


<フード・インクのサイト>
http://www.cinemacafe.net/official/foodinc/

<英語のサイト> 個人的に、予告編はこっちの方が好きです。
http://www.takepart.com/foodinc/film
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地球母さん

昨年、長野県小淵沢にある「花の美術館」に行ったのですが、そのときにお会いした館長の水木鈴子さんは素晴らしい方でした。
昔、所沢に住んでいたときには、「所沢のマリア」と言われたほど、献身的に人々を救ったそうです。
その後、長野に移られ、この美術館で、詩画家としての作品を展示しています。
この空間はとても心地よく、何時間でも、何日でも居たいという気持ちにさせられます。

幸運にも多忙で滅多にそこにはいないといわれている水木さんにお会いすることができ、いろんなお話をうかがうことができました。
水木さんは、今、危機的状況にある地球を救うには、ひとりひとりが気づき、助け合い、愛情をかけあうしかない、そのためにも、この詩が一人でも多くの人に伝わってくれればと願っています。
その詩をここに紹介します。

また、水木先生の人となりを知るには、このブログ記事が参考になるかと思います。

心ある救済
http://www.y-asakawa.com/message2009-1/09-message04.htm


<水木鈴子 プロフィール>
◆詩画家: 水木鈴子(みずき・すずこ) (「水木鈴子・花の美術館」館長)花の詩画家。日本の四季に美しく咲く花々の水彩画や詩を作り、全国各地で個展、朗読会、講演会を随時開催している。1996年八ヶ岳南麓「水木鈴子・花の美術館」開館。


「地球母さん」

キラキラの緑豊かな美しい水の惑星・・地球星!その母なる大地は全生命体のすべてを我が子と信じ、限りない無限の愛をわけへだてなく与えて下さり 万象万物が無差別、無所得の愛で生かされています。

地球母さんはどの子もどの子も可愛いく いとほしく 気の遠くなるような年月を重ねて忍耐強く子育てに心を配って下さっています。

生命体をたくさん生んで育てることは地球母さんの誇りであり尊いご使命だからでございましよう。

とりわけ、花たちは気高く、初々しく、決して不平や不満を言わず 地球母さんの美の教えを忠実に守り 母さんの愛を素直に感じ、素直に表現し 地上を美化し、幸福の波動を 全宇宙に向けて放射しているのでございましょう。

 
もし、あなたが生きていくのが辛くなったり疲れた時は、地べたを素足で歩いてごらんなさいな! 

のんびりとねそべって、手足をゆっくりゆっくり のばしてごらんなさいな!あなたの心いっぱいに体一杯に、ジワジワとポカポカと地球母さんの肌のぬくもり(地熱)が伝わってきて 身も心もやさしく包んで下さる母さんの愛を感じて、もう あなたは一人ぼっちの存在ではないことに気付くことでございましょう。

「女性は肉体生命の創造とその生命を豊かな感性でもって護り育てていく大切なお役目がありますよ!」
と私たちに身をもってお教え下さっているように思えます。

私達人間は美しい自然がないと生きていけません。

何百年何千年と姿を変えなかった海や山や川や大地が 私達の世代で大きく姿を変えようとしています。 

干ばつで土地が砂漠化し木を切り倒して山を崩し、すでに世界の熱帯雨林はもう修復がきかない程 破壊されていると言われています。地球母さんの子育てにとって大切な掛け布団代わりの大気は化石燃料の廃棄ガスで汚され、
敷き布団代わりの大地は農薬で汚されております。

また、毎日のように世界のあちらこちらで紛争やテロが起き 貴い命が地上から消えております。 

その上、温暖化や洪水や干ばつによる食糧不足で たくさんの人々が飢えて亡くなっておられます。

地球母さんご自身もやんちゃな子供たちによって体がボロボロになりながらも そんな子供たちの苦しみや悲しさ辛さを肌で感じ 日夜なげき悲しみ泣いておられます。

私達 人間と言う子供たちは すべてを与え生かして下さる地球母さんに対して感謝の心と報恩行を久しく忘れてしまっております。 

私達は便利さや快適さや物質的な豊かさばかりを求め、“大地から生まれて大地に還る”と言う大自然の法則をおかしてしまい、燃えないもの、こわれないもの、くさらないものを地上にたくさん作ってしまいました。

地球母さんの他の子供たち(無数の動物・鳥・魚・植物・花・鉱物)にも多大なご迷惑をお掛けいたしております。 

たくさんの自然を破壊してしまったことを今こそ今こそ真剣に反省し、母さんに心からお詫び申し上げ 一刻も早く大調和の生き方に変えなければなりません。

無条件の愛で生かして下さる母さんに習って、お互いに助け合い 話し合い 許し合い 分かち合い 生かし合って生きていかなければ・・・・  そして 地球母さんが心から喜んで下さるような思いやりの花 いたわりの花を胸一杯咲かせて 母さんと同じようにやさしくたくましく与え続ける おおらかな生き方をしなければなりません。 

それが今までたくさんの たくさんのご無礼をしてしまいました地球母さんへの 心からのお詫びとご恩返しではないかと存じます。

大好きな地球母さんが喜んで下さる 愛と光の花を毎日の思いと行いの中で咲かせていきたいものでございます。

 ありがとうございます

地球母さま         みずき すずこ

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「日出る国の民たちへのメッセージ 」

今日、友達からこんなメールを受け取りました。
これを読んで、あなたはどう感じますか?
私は一種の覚悟を感じる、とても力強く、しかし、温かい視線も同時に持ち合わせた、そんな存在からのメッセージに感じられました。



「日出る国の民たちへのメッセージ 」



日本よ 日本の民よ
日出る国の民たちよ

地震多き 原発多き 島国にて
まるで龍神の背の上で暮らすかのごとき
暮らしを選んだ勇気ある民たちよ

見たこともない すさまじき 未曾有の試練を
意識もしない魂の底で
実は受け入れていたあなたたちよ
あなたたちの 誇り高さを称えます

大変な犠牲もありましたが 
その者たちも 瞬時に光となり
さらなる被害を食い止めようと全力で働いています

まだ肉体ある あなたたちが
そんなことで どうするのです

恐怖の連鎖に飲み込まれてはなりません
怖れや不安や緊張やパニックに便乗してはなりません

あなたたちは なんのために
今まで長い時間をかけて自分のことを癒して来たのですか

沢山の内なる浄化を続けてきたのですか
なんのために眠れる力を目覚めさせてきたのですか
沢山の人に助けられて来たのですか
集団の祈りの力を 信じれるようになってきていたのですか

今 
今のためであった
それを感じるでしょう

不吉な予言の奥を見なさい
そうならないようにするために予言はある

今こそ
祈りなさい
歌いなさい
手をとりなさい
力をあわせなさい

政治的な大事な決断する人の意識に届くように
ガレキの奥で助けを求めてる人を 
誰かが偶然のごとく見えない力に導かれて見つけ出すように
原子炉がなんとかもちこたえるように
風向きが最も被害少なき方向へ流れるように
救助しやすき天気になるように

地震前のあなたたちの俗っぽい悩み
全て ぶっとんだであろう
いつもと変わらぬ毎日 
全て くつがえったであろう

政治批判をしてきた者よ
衣食住が今まであっただけでも なんとありがたき政策か
電気のありがたさ
ガスのありがたさ
水のありがたさ
屋根ある家のありがたさ
身に染みたであろうぞ

今 体調が悪い者よ
誇りなさい
あなたたちは自分の身体を使い
被害の何兆分の一かでも
身をていして
引き受ける勇敢な者たちなり

たった一日で
全員が真実をみたな
そう
ほんとうに大事なのは 
生きること 
できれば大事な人たちと
できれば少しでも多くの人たちと
生きて笑えること 笑いあえること それだけだな

連絡が滞ってた人に連絡をしたであろう
大嫌いだった人の安否も気になったであろう
そう あなたたちは 愛のかたまり
いつだって ほんとは そうであった

思い出して 
あなたたちは
自殺したい時であろうが
誰かを殺したい時であろうが
いつだって
愛そのものであったことを

日出る国の民よ
あなたたちは集団覚醒した
それぞれが
微力であろうとも
それが重なり合えば
まばゆき光となりき
強大な熱を持ち
エネルギーとなり絶大なるパワーを放つ

届かせよ
できるだけ遠くまで
祈れよ
感じるままに

最大の窮地
それぞれが
それぞれに
限界だと思う もうちょっとだけ先まで
どうか持ちこたえよ

今こそ あなたたちが望んだ世界がはじまるのだ
見届けよ
最後の一人となろうとも

大和魂 復活の時きたれり
一人でも多くの手をとれ
サポート多きあることを 
信じなさい

われわれも
共にゆかん
天岩戸は開かれた

日本よ
日本の民よ
日出る国の民たちよ

世界を照らす
地球を照らす 
太陽となれ
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いのちの重さ

ここのところ、ずっと腑に落ちていなかったトピックがあった。
ある人が送ってくれたメールがその疑問を解いてくれた。

「なぜ、動物を殺してはいけないのか。」

これが、私の中にここしばらくあったテーマだった。

話が飛んでいるように聞こえるだろうが、最近、私はベジタリアンになった。
とはいえ、魚は食べなくもないし、肉料理も振舞われたら、有難く頂戴することにしているので、厳密なベジタリアンとは違うが、自分の日常の生活はベジタリアンを通すことにした。
その理由は、肉に存在するエネルギーや肉ができる過程について学べば学ぶほど、肉を欲する気持ちがなくなっていったからだ。

ルドルフ・シュタイナーはこういっている。
「人間が肉食をすると、動物のアストラル体をとおして生じたことが人体内で継続します。(中略)アストラル体は意識を持った存在のなかで、あるプロセスを生じさせるので、肉食をすることによって人間は、自分の神経組織に影響を与えるものを摂取することになるのです。
 これが、菜食と肉食の基本的なちがいです。肉食は、まったく独特な方法で人間の神経組織とアストラル体に働きかけます。菜食の場合、神経組織が外から影響を受けるということはありません」(『健康と食事』イザラ書房)

つまり、動物には意識があり、その意識を自分の体内に入れることで、自分の肉体とアストラル体にもその動物の意識が影響するというわけだ。

昔、昔、人間が狩りをしなければ、自分が生き延びることができなかった時代、そのときは肉食だったとしても、自分に必要な量だけ獲って食べていた。日本では、肉を食べる習慣が長らくなかったろうけど、それでも、食べるときは、動物が死んでいたり、たまに獲ったときに少し食べる程度だったろう。しかも、肉にありつける人は、全体のほんの一握りだったろうし、たいていの人は、菜食や魚介類で生きていたと思われる。つまり、現代社会のように大量生産の上に成り立った肉食ではなかったのである。

今の社会では、肉はブロイラーとなり、さまざまな薬漬けにあい、生まれたときから、人間に食べられるための一生をすごす。殺されるときには、痛みや苦痛の少ない屠殺方法をとられているだろうが、それでも、自分が殺される前にそれを察知して恐怖感を感じた状態で殺されている。

それだけでも、必要以上の頭数が日々、人間の満足感のために犠牲となっていると思っているのに、さらに、イルカやクジラを殺す人たちがいるということに、非常に驚いてしまう。

何故、現代のこの飽食の時代にイルカやクジラを殺して食する必要があるのだろうか。それを、文化だ伝統だというが、そんな人間の伝統や文化のために、貴重な動物のいのちを犠牲にして、良いものなのだろうか。それは人間の単なるエゴではないのか。

イルカを殺すことが仕事の人たちにとって、イルカ猟をしない=職を失う ということになるから、反対するのだろうが、だからといって、他の選択肢を考えることはできないのか、何も野生の哺乳動物を殺さなくても、魚介類をとっていたって十分じゃないのかーーー、と常々考えていたのだ。

そこで、冒頭の知人のメールで自分の中の疑問が解けた、につながる。
知人はこう説明してくれた。引用しよう。

「動植物の進化には『物質(肉体)的進化』と『霊性進化』の二面性がありますが、動物は霊性の発達が進んで行くに従って、死ぬことに対しての認識と恐怖が増します。肉体的な痛みや苦しみ、そして精神的な苦痛が、霊性の進化と共に増して行くという傾向があり、つまり、霊性の高い動物を殺すことは『残虐性』が高いということになります。
霊的に言えば、全ての動物を人間が勝手に殺すことは間違いなのですが、この時代の殆どの人間は、まだそれを知りません。どうしても殺さなければならないのであれば、できる限り『残虐性』の少ない殺し方をすることが、現時点での得策なのです。
魚だって殺されることが嫌だから、捕まえようとすれば、なんとか逃げ延びようとします。
生きたいと願うものの命を無理やり奪っているので、残虐性はあります。
が、ただ、魚は痛みを感じないと言われています。
その辺りが哺乳類などの高等動物とは少しだけ違うところです。
そういった視点でイルカ漁を考えると、それは相当大きな残虐性が見て取れます。
『イルカを殺してはいけない』という強い衝動は、まず環境破壊以前に『残虐』と感じる人間の潜在意識の働きがあるからかもしれません。
そういったことを感じる段階の人間が増えてきたのだと考えて良さそうです。
環境破壊という視点でみれば、家畜の弊害の方が圧倒的に大きいワケですから。

因みに、豚の知能指数は、人間の3歳児程度と言われています。
殺されることに対して、きっと相当の恐怖を感じることでしょう。
生まれながらにして狭い檻に閉じ込められ、自由を奪われ、薬漬けにされ、時にはストレスでノイローゼの個体も出現するようです。
これはイルカを殺すこととあまり違いはありません。
プロセスは違いますが、残虐性という視点で見るなら、違いはないということです。

つまり、人間は『美味しい』という一種の贅沢のために、動物の命を都合よく操作しているわけです。
それが環境破壊や、発展途上国の食糧難や栄養失調を引き起こしているのですが、
それは主に先進国の責任でもあります。

さて、では、なぜ植物は食べてもいいのでしょう?
植物だって生命で、立派な霊です。

実は、植物にも『意識』があるのですが、それは人間の想像するような『意識』とは違います。
恐怖や痛みというものがありません。
そいった人間的意識や感情を感じとる人もたまにいますが、それはその植物などを管理している自然霊(妖精)の発する想念と思われます。
また、人間霊や動物霊がこの世で生活するためには、物質的肉体に宿るのですから、何かしらの食べ物が必要です。
それを神様が用意していないハズがありませんし、人間の肉体構造を考えれば、植物は食べても構わないとなります。
食べ物の優先順位、それは『残虐性の少ないものから食べる』という考え方です。」

これで、しごく納得ができた。
動物を殺してはいけない理由、それは、残虐性を考えるとわかりやすかったのだ。
人間は霊的な生き物だ。十分に感性が磨かれれば、同じように霊性を持つ動物を殺すことが、どれだけ残虐なのかがわかると思う。
もちろん、植物だって粗末に扱っていいわけではない。食べさせてもらう以上、ありがたくいただく、これが原則の上の話なのだ。




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